旅行記

北欧3ヶ国(?)、独身女二人でリフレッシュ旅行

衛生研究所   中 山 みどり

私は突然、 昨春の県の人事課命令で、 奈良病院中央臨床検査部より衛生研究所水質課へ異動しました。 18年間県職員をやってきて初めて大きな宮仕えの悲哀を味わった私は、 あっちこっちで愚痴をこぼして回り、 精神的にあまりいい状態ではなく、 友達連中の目にもダメダメ状態 (現在もそうですが) に写っていたと思います。 そんな中、 私の海外旅行友達であるSさん (小学校からの友達) が、 見るに見かね 「久しぶりにどっか遠出しよう。 ヨーロッパにでもいかへんか。」 と、 声をかけてくれ、 私も 「行く。 行く。」 と仕事に幻滅してる割には、 しっかりと仕事の合間を見計らって一週間の休みを取りスウェーデン、 ノルウェー、 デンマークのそれぞれの首都と、 ノルウェーのフィヨルドクルーズを計画しました。 夕闇迫る秋分の日、 関空で小腹を空かした私は、 売店で柿の葉ずしを買って食べ、 満腹感と旅行への期待感から、 元気200%状態で飛行機に乗りシートベルトを締め、 エンジン音を聞き 「さぁ飛ぶでぇ。 落ちるんやったら帰りにしてや。」 などと、 頭の中でつぶやいていると、 「エンジントラブルの為、修理に2時間…うんぬん…。」 と機内放送が流れてきました。 余談ですが、 私たちはこの旅行を安価にあげる為、 検討の結果タイ航空のバンコク乗り換えストックホルム着のツアーに参加したのでした。
 2時間遅れの飛行機は、 深夜にバンコクに到着しましたが、 もちろんストックホルム行きには間に合わず、 次の日の深夜まで飛行機は有りませんでした。 そのため旅行一日目の夜は、 バンコクのエアポートホテルで一泊し、 早い昼食を食べた後、 急きょ用意されたバンコク市内観光となりました。 しかし私とSさんはバンコクの名所旧跡を、 数回のバンコク旅行で堪能しており、 二人はバンコク市内でツアーの人達と別れ、 タクシーで伊勢丹に直行し、 Sさんはジムトンプソンのタイシルク土産を、 私はなぜかタイ料理の食材や東南アジア独特の両端の削られた爪楊枝 (日本の物と違い細く使い勝手が良い) 等を買い、 3時のお茶をしながら 「ここは暑いし寺も多いし、 どう見ても予定していたストックホルムやない。 派手な屋根と車の排気ガスが蔓延するエネルギッシュなバンコク!!」 と二人であきらめの入ったぼやきを言いゲラゲラ笑っていました。 小さなお土産やさんで、 安いお箸を姉夫婦の為に購入 (姉は 「この箸と同じもん前にも、 貰った。」 と言っていた。 やっぱ安いから、 みんな土産に買いやすいと、 ひとり納得する。) し、 空港へ帰る為、 タクシーをさがしました。 バンコクでは多少長い距離を乗る外国人の客と見ると、 メーターを倒さず正規の2〜3倍の料金を、 要求するタクシーがまだまだ多く、 正規料金のメーター制でタイ国際空港までつれて帰ってくれるタクシーの運ちゃん (親切だけどやたら運転が荒く、 始終100Km/時以上で走行、 厚かましくもダイアナ妃が脳裏をかすめる。) に、 二台目で巡り会い、 旅行二日目の夜も予定外ながらタイ国際空港にいました。
 旅行日程上、 我々は翌昼にはノルウェーのオスロにいることが、 絶対条件であるため前夜の航空会社との交渉の結果、 深夜のタイ航空のパリ行きで、 シャルルドゴール空港早朝到着、 エアーフランスでオスロに昼前到着というチケットを手に入れていました。 深夜のバンコクを後にし、パリのシャルルドゴール空港に到着してSさんと、 「なんでパリにいてるんやろ。 コンコルドどこに落ちたんかな。」 等と、 いいながら広い空港内を歩いて移動し、 次に少し小型のエアーフランス機に乗り、 タイ航空とは違う小じゃれた機内食を食べオスロに到着、 やっと我々は北欧に第一歩を印ました。 世界はまだまだ広いと実感。
 オスロは、 快晴で期待以上に美しく紅葉の真っ盛りで、 長旅で疲れた我々を快く迎えてくれました。 まずオスロ美術館に向かいムンクを鑑賞すると、 自然光をうまく取り入れた非常に明るく美しい美術館が、 今までの私のムンクのイメージを180度ひっくり返し、 「名物は現地 (気候風土の合った場所) で食えってか!」 なんて自分でもわけの解らない納得をし、 そのすばらしさをどう表現し伝えればいいのかわかりません。 次に、 グスタフ・ヴィーゲランの彫刻600以上192の彫刻群が配置、 公園のレイアウトなどもその本人がしたヴィーゲラン公園に行きました。 古いフログネル公園と一部重なった広大な公園で、 少し西に傾きかけた快晴の太陽の下、 黄色に色づいた木々と芝生の緑の中に、 灰白色の花崗岩群像がうまく配置され、 一見したところゴミ等は全くない市民の憩いの場で、 老若男女が日光浴をしながら昼寝 (熟睡) し、 その澄んだ空気と止まっている様な時間、 透明感のある眺めは、北欧の長く暗い冬の前の、 日本的に表現するならば極楽浄土といったところで、 一日目にして北欧の人々の、 日本人とは違う真の豊かさを見せつけてくれました。
 
オスロフィヨルドの近くのホテルで、 チェクインし周囲を散策すると、 マンションのベランダで男性が日光浴していたり、 後で行くデンマークでもよく見かけましたが、 良く整備された道路の端の自転車専用道を、 自転車の前又は後ろにバギーを付け幼児を乗せ、 自転車用スーツでかっこよく家族でサイクリングする姿は、 北欧に来たと実感しました。
 次の日、 ソグネフィヨルドの傍系アウランドフィヨルドに向かうため早朝、 オスロ駅よりベルゲン鉄道に乗り、 黄色に色づく山や川、 湖、 氷河を車窓より眺め途中サンドイッチの昼食を取りミルダール駅まで行き、 ノルウェー自慢のフロム山岳鉄道に乗り換え、 海抜866mを1時間かけてノルウェーの自然の中でも最も野性的で、 スケールのある光景を楽しみながらフロム渓谷を20km下って、海抜2mのフロム駅に昼過ぎに到着しました。
 
 フロム駅 (港) よりクルーズ船を兼ねたフェリーに乗船し、 アウランドフィヨルドをグッドバンゲンまで、 針葉樹の緑と紅葉した黄色の落葉樹、 山頂の雪、 数十の滝、 船以外の移動は不可能と思われる数軒の小さな集落の点在、 フィヨルドの静かな水面にはそれらが写り、 時々水面からアザラシの頭がすっと出てくるのを眺めるという、 私の日本での時間の概念その他諸々を木端微塵にしてくれる2時間を過ごしました。 グッドバンゲンよりバスでアウランドというこの地域では大きいが、 小さな美しい町の可愛いプチホテルにチェックイン。 この時点ですっかり私とSさんはこの国にまいっていました。 部屋に落ち着き、 同室のSさんに少しでも迷惑をかけるのを減らす為、 ヘビースモーカーの私はホテルの部屋の専用の中庭で煙草を吸っていると、 二階のベランダから若い兄ちゃんが、 なんやら英語でライターを貸していうので、 投げると上手く届かなかったライターは、 下に落ちて 「ボン!!」 と爆発、 兄ちゃんと私は大笑い。 少ししてから兄ちゃんが、 中庭に降りてきて使い捨てライター代をくれ、 英語で 「上にも遊びにおいで」 とかなんやら言ってくれているらしいのですが、 英語のとんと出来ない私は、 アバンチュールもなくその場を笑ってごまかす。 「お金を使ってでも、 英会話を習っておくんやった。」 と少しだけ後悔。 北欧のこの時期、 暗くなるのは夜の8時頃で、 庭に出て空を見上げると予想どうり満天の星空で、 ゆっくり動く人工衛星や流れ星 (早くていつも願い事が出来ない) を見ながら、 Sさんと 「来て良かったなー」 と年相応にしみじみとした時間を過ごしました。 彼女は私にとって、 互いに喋らなくても間がもつ、 貴重な友達の一人でSさんにはいつも感謝しています。
 次の日の夕刻、 オスロからデンマークのコペンハーゲン行きのフェリーに乗船するため、 朝食後、 なごり惜しい気持ちでバスに乗りオスロへ向かいました。 山や谷を越え、 木も生えない小さな高山植物地帯から針葉樹林帯、 広葉樹林帯と変わって行く途中、 氷河や山頂の雪が美しい滝や川、 湖となり、 またその流れ落ちる豊富な水量を利用した大規模な水力発電施設が何個かありました。 添乗員さんの話によると、 電気代はとても安く、 暖房は各家とも室温が下がると、 自動で入るセントラルヒーティングだそうです。 またノルウェーは世界第2位の産油国で、 その利益の1割をどこか恵まれない国の団体に寄付しているそうです。 (聞き流した説明なので間違っているかもしれません。) 高地の為、 人は住まないが道路やトンネル工事、 発電所管理者の夏の小屋が時たまある所から、 少し下がって夏はサイクリング、 冬はクロスカントリーをすると思われる高原の別荘 (この国のほとんどの家庭が別荘を持ち週末を過ごすそうです。) が、 広い高原に点在するところを通過し、 人が生活する町に降りてきて、 昼食をとりバイキング時代に多く建てられたスターブ教会 (復元したもの) を見学しました。 これは、 見た目は全然違うけれど日本の宮大工さんが造る古い様式と共通して釘を使用しない木造建築で、 木を建築物に多用してきた国だと思いました。
 
 夕刻オスロに到着、 私達は、 豪華客船に乗れるとドキドキしながら、 チケットをにぎり乗船しました。 すると船内はそれなりに豪華ですが、 船室は狭く禁煙で、 ショッピングエリアもあまり広くなく、 映画館は何かの団体が学会を開くため貸し切りで閉鎖、 カジノも無い等、 二人の期待を少なからず裏切りました。 しかし食事は今まで生きてきた中で、 一番豪華なバイキング料理でしたが、 この旅行中ずっと朝昼晩バイキング料理で、 どうしても好みの食べ物に偏り新しい発見はありませんでした。 禁煙の船室より出て甲板に出ると、 夕闇に美しいオスロの町が一望でき 「今度来るときは、 もっとゆっくりするぞ!」 と心に誓っていました。 船内の船室は近隣の国の人の仲間内の小さなパーティ状態で船室での飲酒が禁止にもかかわらず、 はめを外している部屋もあり夜間の一人歩きは、 安全とはいえません。 夜中やっぱり煙草を吸いたくなり、 甲板に出て下を見ると、 暗い海は恐怖を感じましたが、 航路的には狭い海域に小さな島が点在し瀬戸内海を走っているみたいでした。
 朝食後コペンハーゲンに到着、 下船し人魚姫の像 (同行のSさんによるとモデルは、 俳優の岡田真澄さんの叔母さんだそうです。)、 ゲフィオンの泉、 王族の居城であるアマリエンボー宮殿、 市庁舎前広場、 など市内観光後、 デンマーク名物のオープンサンドの昼食 (店が悪いのか、 あまりおいしくない。) を取り自由行動となりました。 Sさんと二人で、 まず地下鉄を制覇しようと、 ホテルの前の駅に向かい自動販売機で切符を購入…とはいかず故障気味の機械は、 お金を5回に1回ぐらいしか受け付けず、 20才前後の後ろの兄ちゃんが私達のお金を取り上げ、 自動販売機と格闘しながら買ってくれたうえに、 私達の行動を目で追い電車に乗ろうとすると、 怒りながら 「そこじゃない。 走って、 もっと前に乗れ。」 とジェスチャーを交えながらいいました。 私達はどこに乗っても同じと思っても、 あまりの兄ちゃんの迫力に、 今にも発車しそうな電車を横目にみながら二車両分位必死で走り乗車し、 兄ちゃんに、 顔はにっこりありがとうと手を振り、 車内で 「なんで、 走らなあかんねん。」 等ぶつぶつ言っていると、 駅に到着して納得、 ホームの長さによりドアが、 開くところが限られていたのでした。 あの兄ちゃんの親切に感謝し、 私達は 「人間ができてるなあ。」 なんて言いながら、 市内観光で行かなかったお城や塔、 ショピング街に行きました。 この日は、 ちょうどデンマークがユーロに加盟するかどうかの国民投票 (税金の率が高いので、 国民は政治に真剣で投票率は100%近い) の日で、 各国のテレビ局の撮影や若者の加盟反対の集会、 警察の治安部隊等で繁華街は少し異様な雰囲気でした。 けれど私達はそんなことには、 お構いなくロイヤルコペンハーゲン、 ジョージジャンセン等の有名な店、 骨董屋、 デパートをはしごし、 「私に高価な物は似合はへんなあー」 と思いながら、 Sさんの買い物を一緒に楽しませてもらい、 少し迷いながらぶらぶら歩いてホテルにかえりました。 帰る途中、 ホテルの近くに有名なチボリ公園があるのですが、 残念ながら観光シーズンも終わり、 冬季休業期間にこの週から入り外から眺めただけでした。 その日の深夜、 ユーロには加盟しないことが僅差で決定し、 ホテルから近い市庁舎前広場の大変なにぎわいを、 テレビのどのチャンネルでも放送されていました。 余談ですが、 日本に帰ってからテレビで初老の男性のデンマーク人が、 インタビューに答えているのを見ていると、 彼曰く 「今まで社会主義国だった貧乏な国の面倒まで、 我々がみるのはまっぴら。」 なーんて、 人間臭いことを言っていたのを見て、 りっぱそうに見えてたデンマーク人も、 日本人と同じでせこい所が有るとなぜか安心しました。
 翌朝、 コペンハーゲンを運河と海から見る観光船に乗り、 歩いて観光するのとは又違った景色を見て、 観光気分を満喫していると、 その船に途中から保育園児一行が乗船し、 なんとも賑やかなほのぼのした1時間をすごしました。 午後帰国の為、 なごり惜しい気持ちで空港に向かいました。 コペンハーゲン空港は今回で二回目なのですが、 つい最近新しくなったばかりで、 改築前の空港の内部は、 私より年齢の上の方で見ていた人も多いと思いますが、 昔テレビで放送されていた、 「兼高かおる世界の旅」 のエンディングに写っていた空港で、 その時代の日本人にとっては夢のように美しい空港でした。 今回の改築された空港は機能的でブランドショプも多く入っていますが、 ありきたりの空港に変貌してしまった感があり、 残念に思いました。 空港の食料品免税店で残ったデンマーククローネを使って、 日頃なかなかお目にかかれない紅茶を買って、 妹のお土産とし搭乗口に急ぎました。
 飛行機に乗ってすぐに、 日々の生活に気持ちは切り替わり、 職場が頭をよぎり、 Sさんには申し訳ないけど 「墜落してもええのにな。」 なんて思っている私を乗せた飛行機は、 長い空の旅を遅れることもなく無事に終え、 私達を関空でポンと降ろしてしまい、 私達の旅は終わりました。 また頑張れなくなった時、 今回の旅行の堪能しきれてない部分を補うべくフィンランド、 スウエーデン、 ノルウェーに行かなければならないと思いました。
 最後に、 私の少ない海外旅行経験からのおすすめは、 人や町の完成度を見るなら、 今回行ったノルウェーは勿論、 パリ、 フィレンツェやローマ、 次に町の活気と喧騒、 すきあらばと狙われる面白さを味わうなら、 トルコのイスタンブール、 バンコク、 中国の上海や西安、 香港 (返還されてから行ってないが、 買い物はやっぱりここ)、 台北 (町の食堂の煮豚足の味が忘れられないし、 おいしい飲茶もいっぱい)、 体を休めるならバリのリゾートホテル、 驚きを求めるなら少し危険かもしれないがエジプト (テロ行為と理由の解らない金品の要求、 アラブ諸国の男性全部にいえるが、 戒律の厳しい自国の女性にはなかなか手を出せない為か、 日本女性が世界に名だたるイエローキャブの為か、 すぐに握ったり…するので注意。) 等、 あくまでも私個人の推薦です。

                           −終わり−