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平成12年度院内感染対策講習会 (臨床検査技師) に参加して

奈良県立三室病院   宗 川 義 嗣

                                  
【はじめに】
当講習会は院内感染対策事業の一環としてこれまで医師、 看護婦を対象として厚生省の委託のもとに日本感染症学会が行っている。 一昨年から院内感染対策への臨床検査技師および薬剤師が積極的に参加するのために講習会が持たれ、 今回は二回目となった。 本県からは2名の参加があった。
【概要】 平成12年度院内感染対策講習会 (臨床検査技師) の概要は
  会 期:平成12年10月26日〜28日
  会 場:太田区民プラザ・東邦大学医学部
  主 催:厚生省・日本感染症学会
  後 援:日本臨床微生物学会
で講義2日間と実習1日間で13の講義と総合討論そして3テーマの実習であった。


〈一日目〉の講義は
1.感染症のその成立 (発生) 機序、 2.病院感染症の実態とその主要病原体、 3.ウイルス感染症、 4.細菌感染症、 5.血液媒介感染症とその予防対策、 6.結核患者発生時の対応、 であった。

表1医療従事者が被害者となる感染症(業務感染)の原因微生物

感染経路 種類 微生物
ウイルス B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、
血流感染 A型肝炎ウイルス・エイズウイルス、
成人丁細胞性白血病ウイルス
細菌 梅毒トレポネーマ
ウイルス インフルエンザA・Bウイルス、ウイルス
経気道感染 麻疹ウイルス・風疹ウイルス
水痘・帯状庖疹ウイルス
細菌 結核菌、レジオネラ、肺炎マイコプラズマ
ウイルス 単純ヘルペスウイルス(HSV)
接触感染 水痘・帯状庖疹ウイルス
真菌 白癖菌
節足動物 疥癬虫、アタマジラミ

表2患者が被害者となる院内感染の原因微生物

感染経路 種類 微生物
血流感染 細菌 MRSA、表皮ブドウ球菌、緑膿菌、セラチア、エンテロバクター
(IVH、捕液) 真菌 カンジダ(特にC.parapsilosis、C.guilliermondii)
ウイルス インフルエンザA・Bウイルス、風疹ウイルス、麻疹ウイルス
経気道感染 水痘・帯状庖疹ウイルス
細菌 レジオネラ、結核菌、レジオネラ、肺炎マイコプラズマ
真菌 アスペルギルス、クリプトコッカス、ムコール
ウイルス アデノウイルス、単純ヘルペスウイルス、水痘・帯状庖疹ウイルス
細菌 MRSA、緑膿菌、セラチア、B.cepacia、ESBL産生大腸菌
接触感染 ・クレブシェラ、バンコマイシン耐性腸球菌
真菌 白癖菌
節足動物 疥癬虫、アタマジラミ
経口感染 ウイルス ロタウイルス、A型肝炎ウイルス
細菌 サルモネラ、カンピロバクター、赤痢菌、腸管出血性大腸菌


1.感染の成立においては院内感染をおこす患者の大部分は従来言われている免疫力の低下したものではなく全く低下していない人達である点で、 これは高度な医療処置で感染し免疫と関係のない非特異的なものであるのが現状であることを認識しておくことが大事であることを述べられた。 2.病院感染症では患者条件により検査対象をウイルス、 クラミジア、 一般細菌 (弱毒菌を含む)、 放線菌、 抗酸菌、 真菌、 原虫、 節足動物にまで広げなくてはならない。 病院感染症は医療従事者が被害となる業務感染と患者が被害となる院内感染に分けられ、 その原因微生物と感染経路の関係をよく理解しておくことが感染の拡大防止となる。 (表1、 表2) 3.ウイルスについては院内感染における現状とその感染経路の説明であった。 特にインフルエンザウイルスの治療 (抗ウイルス剤:アマンタジン、 ザナミビル等) と予防 (特にワクチン) を説かれ、 老人・若年者と医療従事者へのワクチン接種が非常に重要であると述べられた。 4.細菌感染症では痰からのMRSAは大部分はコロニゼーションが多く、 肺炎は10%未満であり、 血液培養から高頻度に検出されるCNSは80%以上が採血時のコンタミネーションである。 腸球菌についてはVREの出現が大きな問題となっているおり、 畜産領域でバンコマイシン類縁薬:アボパルシンの飼料添加によりVREの出現がみられたとされている。 セラチア、 緑膿菌においても耐性化が問題となっており、 これは院内での薬剤の適正使用にポイントがある。 これが院内感染対策の重要点となる。 5.輸血感染の防止対策は1973年:HBs抗原、 1986年:HIV-1抗体、 HTLV-1抗体、 1989年:HCV、 HBc、 HBs抗体、 1992年:第2世代HCV抗体検査が導入され対策が講じられた。 しかし、 現代の献血者の抗体陽性率はHBs抗原0.93%、 HCV1.3%、 HTLV-1 0.89%、 梅毒0.43%、 HIV 0.001%である。 問題は感染初期のウインドウ期に採血された血液であり、 その平均日数はHIV:22日、 HTLV-1:51日、 HBV:59日、 HCV:82日であり、 今後の対策の課題となろう。 E結核については厚生省から緊急事態が宣言され、 次の1.早期診断、 1.職員への教育と注意という2点を中心に対策を確立しなければならない。 検査室では早期診断のための迅速検査、 特に塗抹鏡検と遺伝子検査の充実が必要である。

〈二日目〉の講義は
 7.感染症サーベイランスの意義と方法、8.臨床検査技師の役割、 9.薬剤感受性試験とその意義、 10.臨床上重要な薬剤耐性菌の耐性機序と検出法、 11.環境調査法、 12.バイオハザード対策、 13.院内感染関連法令、 総合討論であった。

表1 サーベイランスの種類と内容

Infection-based Surveillance
・実際の感染患者数を感染率として把握
・病棟あるいは病態ごとに感染率のべ一スラインを設定
・ICNやICPが実施する
Laboratory-based Surveillance
・病棟、材料別の各種分離菌の検出状況
・病棟、材料別の各種耐性菌の検出状況
・薬剤感受性成績(薬剤感受性パターン)
・保菌者情報

表2  感染率(infection rates)

分子:感染した患者数もしくは感染症数
分母:入院日数の総計;総入院数(Patient-days)
器具の装着日数(Device-days)
(Central-days)
など、病院全体あるいば病態別に異なる
  * Surgical wound infection ratesについては
  NNIS Surgical wound infection risk indexに基
  づいて計算


 7.病院感染の実態を把握するためにサーベイランスを実施する。 サーベイランスは実際の感染患者数を感染率 (Infection Rates) として把握し、 患者からの各種分離菌の検出状況や耐性菌の検出状況などを把握する業務であり、 病院感染の発生を最小限に抑えることである。 このようなサーベイランスによって得られた感染率や耐性菌分離状況などの疫学情報を分析することで、 病院感染の発生や耐性菌のアウトブレイク等の早期認知ができると力説された。


8.臨床検査室の役割は院内における感染総合情報室として院内の感染症の基地として感染症サーベイランスの資料の作成とその対策実行への提案および検査を行っていかなければならないと述べられた。

9.感受性試験についてはその結果によって各抗生剤の使用を決めるために非常に重要である。 どの抗菌剤を、 どの方法で、 どれだけの量を用いるかの参考として、 また耐性菌を検出する方法としても重要である。 現在、 従来の定性的な検査結果(S、 I、 R)に臨床効果を加味した臨床的ブレイクポイントの設定が進められている。
 この概念は常用量投与により臨床効果が期待できるMIC値(S:感性)と期待できないMIC値(R:耐性)に分けられ細菌学的なもの(遺伝子学的分析)とMIC分布と臨床的なもの(抗菌薬の投与量と実際の臨床効果)の両面から解析されて決められたものである。 しかし、 これらを設定する上での問題点があり、 現在は高頻度の感染症でしかも患者背景が同じような疾患にのみ設定されている。

10.耐性機序は外部から耐性遺伝子を獲得する場合と内在性の遺伝子の変異による場合に分けられ、 前者は巨大プラスミドなどの接合伝達を介して獲得する。 また、 薬剤耐性菌の検出法はいろいろなものが考案されているが現状では確立されていない。 このため検査技師にかかる責務は非常に重大であると述べられた。

11.環境調査において院内感染の発生率が空気や環境表面の細菌汚染と相関しないことから1970年に定期的な細菌培養は中止する勧告が出されている。 しかし特定の細菌による感染症が発生した時には院内の細菌叢を検査し原因究明するため環境調査は有用なものであり表面汚染菌・空中浮遊菌等の検査を行う必要がある。

12.バイオハザード対策の基本は標準予防策(Standard Precaution)と感染経路別予防策(transmission-base Precaution)がある。 標準予防策は患者の血液・体液や痰・便・尿などの分泌物・排泄物をすべて感染症ありと見なして対処する考えで、 感染経路別予防策は標準予防策に追加されるもので感染力が強く、 感染症として重要な疾患に適用される。 また、 感染経路は空気(飛沫核)、 飛沫、 接触感染が問題でそれぞれに応じた予防策を講じなければならないのだと述べられた。 L法令については国の取り組みとして伝染病予防法から感染症新法の制定により、 現在に適した医療体制になった。 院内感染対策の支援としては平成12年度から院内感染対策サーベイランス事業を開始し、 詳細な耐性菌情報及び患者情報のデータ分析を行い各施設へフィードバックしている。 その他には今回の院内感染対策講習会、 抗菌薬安全使用ガイドラインの作成そして各種ガイドラインの指導要綱を作成し各都道府県及び保健所への配布を行っている。
 総合討論では結核の非常宣言に基づく検査法の見直しについての意見があった。 すなわち迅速検査 (固形培地から液体培地への移行) への取り組みを行うための検査の環境(バイオハザード対策:安全キャビネット・安全遠心機・空調等)について法規制をしてほしいとの意見であった。

〈三日目〉実習は供覧・見学が中心で内容は1.薬剤感受性試験 (使用菌株:VRE、 PRSP 、 ESBLs)、2.パルスフィールド電気泳動法 (使用菌株:レジオネラ)、 3.PCR、 環境調査法 (使用菌株:レジオネラ) であった。

 今回の実習は普段ルーチン検査でおこなっている感受性検査について薬剤を選択する上で重要な薬剤感受性試験の意義と正しい検査技術を再確認することを目的におかれていた。 微生物検査室は迅速にしかも的確な微生物の薬剤情報や疫学情報を提供することが院内感染対策上での役割である。 これらの情報を提供するため各検査法に習熟しておかなければならない。

【おわりに】
 今、 院内感染はMRSAを中心とした耐性菌感染症が不適切な抗菌薬の選択による不必要な抗菌薬の投与により著しく増加し、 しかもこれらの微生物 (MRSA、 VRE、 PRSP 、 ESBLs等) による院内感染の蔓延という結果をもたらしている。 院内での検査室はこのような感染症を最初に認知するところでその責務は非常に重要であり、院内感染対策へ直接に関わらなければならない。 今回の研修会では院内サーベイランスが最も重要であると述べられた。 院内感染状況のサーベイランスを行い、 しかも多岐にわたる感染情報のデータを解析することにより病院感染の実態を把握することができる。 そしてこれらのデータを駆使し院内感染における対策および評価に直結させなければならないと訴えられた。 院内感染対策における検査室の責務を十分に自覚して携わっていかなければならないと感じた。
 又、 院内感染への職員の取り組みについても100人の職員の内99人が院内感染対策を実施していても残りの1人が怠っているとすべて無となる。 不適当な予防から生じる院内感染は、 患者に不必要な苦しみと医療費の支出を強いるとともに、 病院にも過大な負担を及ぼすことになり、 病院自体の評価にも繋がる。 院内医療においては職員一人一人が院内感染を常に念頭にいれながら医療を行い、 目まぐるしく変化している医療環境に対応していかなければ今日の医療に携われない、 ということを自覚しなければならないと思った。 『一処理一手洗い』 を!