奈良医大 病院病理部 西川 武
私は結婚してから、筏からチヌを釣るのにはまり、よく釣行を重ねていましたが、子供ができてなんとなく行きづらくなっていました。そこで、“嫁さんを抱き込めばなんとかなるかも…”と思い、ある日嫁さんのお母さんに“生まれたばかりの子供を置いていくのはしのびありませんが、嫁さんと釣りに行きたいのです。お願いします!! 一日子供の面倒を見て下さい。”とお願いしたら、にっこり笑い“いってらっしゃい”と返事をいただいたので、さっそく和歌山県衣奈町の中長渡船に予約をいれました。
当日、朝2時に出発し、5時頃筏に渡してもらい、さっそく仕掛けを作り、餌を用意し、さあ、釣り開始!!と思った時、ふと横をみると嫁さんがぼーっとしています。“何してんの”と聞くと、“餌つけられへん”と返事が返ってきます。“ほら、針にこうやってつけんねん”とみせると“こんなんようつけられへん…”仕方がありません。今日一日嫁さんの面倒を見ながら釣るしかありません。
嫁さんの餌をつけ、自分の餌をつけ、さあ、釣り開始です。といきなり嫁さんが“なにか引いてる”とリールを巻いています。竿のしなりがなんとも心地よさそうではありませんか。水面がピンクに輝き、姿をみせたのは20cmほどのチャリコ(真鯛の子供)でした。“なに、なに、これなに”と聞く嫁さんの顔はとても嬉しそうです。と同時に釣りの楽しさが少し分かったのか、やる気が顔に満ちているように見えます。
その通りでした。魚を釣ることに本気になった嫁さん。次から次にチャリコを釣りあげます。そのよこで私は…、全然お魚ちゃんが針に乗ってくれません。どうやらハゲ(かわはぎ)が私の餌だけをかすめているようでした。“くに(嫁さんのこと)とこの海の下はチャリコのじゅうたんやな。俺とこは、ハゲ、ハゲ、ハゲや”といいながら私はそのハゲ一匹すら釣っていません。とそんな話をしていると、またもや嫁さんの竿が曲がっています。水面から顔を出したのはなんとハゲ。なんと間の悪いことでしょう。“ハゲってこれのこと…”もう私の立場がありません。“今日は嫁さんが楽しんでくれたらええわ”と開き直るしかありませんでした。
その後、何匹か嫁さんが釣った後、すっかりお魚の気配がなくなり、なにも釣れなくなりました。釣れなくなると、退屈なのか、嫁さんは休憩をしています。“この隙になんとかしないと…やばい!!”焦りだけが先立ちますが、なんともなりません。時間だけがむなしく過ぎていきます。
しかし、あきらめるわけにはいきません。私はまだ坊主のはげ頭、(一匹も釣っていないこと)このままでは面目がありません。気合を入れ直し、餌を投入します。すると、ツンツンとお魚ちゃんのあたり。“やや、これは!”と思ったその時、クン!としっかりしたあたりが!!“チヌや!!”思わず大声を出しながらしっかりとあわせをいれました。すると、竿からお魚の感触がしっかり伝わってきます。おいおい、首振って抵抗したってだめよ、おっとっとっと!まってくれ!そんなに走らんとってくれ!!などとお魚ちゃんとお話ししながらのやり取り。その内、水面がいぶし銀にぎらりと光り、ついに魚体が浮かび上がりました。姿を見せたのは紛れもないチヌ。慎重にタモにおさめます。やりました。釣り上げました。あぁ、なんという凛々しい顔つきでしょう。正に野武士の異名をもつ、そう、これがチヌなのです。嬉しくて嬉しくてたまりません。“くに、やったで!!”と魚を掴んで見せると、“あぁ、恥ずかしかった。釣り上げてもないのに大声で‘チヌや!’って叫ぶねんもん。ちがうかったらどうすんのよ”と嫁さん、まさにその通り。でしたがまぁ結果よければすべてよし。さぁ、家に帰って刺し身を食べましょう。とその日は嫁さんがチャリコを28cm筆頭に6匹、ハゲ3匹、私はチヌ40cmを一匹の釣果で11時に納竿しました。
そして現在、私は子供3人の父親ですが、釣りにはよく行きます。え?なぜかって?それは釣りの楽しさがわかった嫁さんが、快く“行ってきてもいいよ”って言ってくれるからです。あぁ、いとしき妻よ。これからもよろしくたのむぜ!!